フリーランス農家のきしころ(@kagoshimato)です。
僕は銃による狩猟行為をし、鴨や鹿を殺しては自分で捌き食べています。その行為をチラ見しては
- 鬼畜
- お前も死ね
- サイコパス
とか言いたい放題言ってくる人が居ます。そういう人には「お前らスーパーで売ってる肉を生き物として見たことねえだろ?」というテイストで記事を書いたのでどうぞ。
合わせて読みたい
さて、猟師になって気になっている事があります。
・なぜスポーツフィッシングは批判される事が少ないのに狩猟行為は頭ごなしに批判されるのか?
やたら過剰な動物愛護の人は猟師を批判するんですよね。
ということです。今回はこれを紐解いていきます。
スポーツフィッシングとは?
そもそもスポーツフィッシングとは何なのでしょうか?
スポーツフィッシングは誤解されている – YOICHI MOGI
こちらの記事によると、アメリカではレジャー全体としての釣りをスポーツフィッシングと読んでいるようだ。僕も今回の記事を書くに当たり調べていたが、この意味だと広義すぎて「スポーツ」という名前に悪意を感じてしまった。
まるで魚で遊んでいるかの様な印象を受けてしまい波風が立ちやすくなる言葉だなと感じた。
スポーツフィッシングとして一番言葉がマッチングするのは「バス釣り」ではないだろうか?
バスを引き釣り回し引きを楽しみリリースする。99%の人はバスを食べることはないだろう。僕が滋賀県に住んで2年経つが、日頃からバスを食べている人を見たこともなければ売っているところも見たことがないから事です。
娯楽としてのスポーツフィッシングだが、日常的に趣味として魚を釣り食しているのに批判は相当ないだろう。よって今回の記事でスポーツフィッシングを以下の様に定義させてもらう。
・スポーツフィッシング=バス釣り
バス釣りへの批判とは?
ではスポーツフィッシングと定義したバス釣りに批判はないのだろうか?と調べてみるも明確に批判を公言している団体は見つからなかった。一般市民でバス釣りを批判している人は少数見られるものの大きな声ではない。
むしろスポーツフィッシングを批判するような方はこれを通り越し、狩猟を批判しに来ることが多い。これは何故なのだろうか?
何故狩猟だけが大きく批判されるのか?
スポーツフィッシングと狩猟行為の明確な違いは何なのでしょうか?僕ら猟師は国の法律内の決められた手順に沿い、法律内において銃を所持し、安くない税金も毎年支払い狩猟しています。何故狩猟だけが批判されるのでしょうか?書き出してみました。
批判しやすい
SNSやネットの普及により画像や動画を手軽に見ることができるようになりました。例えば魚と鹿という同じ「獲物」を取っても魚の血が写りにくいのに対し鹿は血が鮮明に写ってしまう事があります。
血=残酷
という目を背けたくなるという事実があるので批判しやすいのだと思います。
遠い遺伝子の存在
哺乳類である鹿と、魚類の魚では遺伝子の遠さが違います。近いほうが親しみを感じます。極端な例では、アリを殺すのと猿を殺すのでは恐らく猿の方が殺すのをためらうはずです。
猿を解体して食べたブログを書いた人は大炎上していました。現在は該当記事は非公開みたいですね。
《募集終了》サルを食べる記事書いて、Googleアドセンス停止されたので、広告枠を売ります!! | 自由になったサル
同じ哺乳類であるというのが1つの指標になっているのでは無いかと思っています。
身近でない狩猟という行為
身近に猟師っていますか?僕は猟師になるまでいませんでしたよ。特に20代はほとんどいませんよ。2013年のデータになりますが、185000人いる狩猟(銃・罠の合計)免許所持者の内4000人しか20代が本当に居ないんですよ。約2%。
60代以上が約65%
加えて、平成23年度の銃猟免許者は第一種(散弾・ライフル)84,469名第二種(空気銃)2,072名で合計86,541名となっているようです。
※現在はこの数値より減っていると想定されます。
町中に釣りショップは多くあっても、銃砲店って相当少ないですよね。滋賀県には1件しかありません。
釣り人人口が2013年で770万人と言われるのに対し圧倒的少数なんですよね。
かつて「潜在需要3,000万人」といわれた巨大レジャー産業……今、その姿は? (1) 空前のアウトドアブームが後押し | マイナビニュース
上記の理由から身近でないのも1つの理由としてあると思います。
銃社会でない日本
つまるところこれです。銃社会ではないのです。約9万人が銃を所持していますが、アメリカの様にスポーツオーソリティで銃は売っていません。
銃を使って生き物を殺している。というのが最も大きな理由だと思います。素手で熊を撃退した方は
- つえええwww
- 勇者
として賞賛されるが、銃で熊を撃退(駆除)すると途端にアンチ狩猟がここぞとばかりに湧いてきます。銃を使っているのは非常に大きな批判の原動力になっていると僕は思います。
感情表現の有無
魚は釣ったあとピチピチ跳ねている。例えそこに感情を持っていたとしても感情はないようにみえる。しかし、鹿はどうだろう?普段から鳴き声や耳、尻尾や目で感情表現する。撃たれた時は必死で逃げようと暴れる。
この差は非常に大きい。つまり日頃から抱いているイメージが批判の際に非常に大きな力を働かせるのだと思う。
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まとめ
狩猟だけが何故こんなにも批判されるのだろうか?だからもっとスポーツフィッシングも叩けよ!
という様な記事ではない。
僕ら猟師は決められた法律の手順を踏み正式に銃を所持し、狩猟をしている。
感情論かつ短絡的に批判される筋合いは全く無いということだ。
僕ら猟師は動物愛護の敵ではない。断じて違う。僕ら猟師を批判している暇があるなら、もっとやるべき事が目の前にあるのではないだろうか?猟師を批判しても動物が助かるわけじゃない。
初めてコメントします。
私も同意です。
狩猟を批判するなら、食べ物を粗末に残して残飯にして捨てる奴らの方が、よっぽど酷いと思うんですがね。
批判するなら、もう少しきちんとした知識を持ってから言って欲しいものです。
私も釣りには興味があるんですよね(´ー`)
最近魚類と哺乳類の違いで抱きしめた時に暖かいか暖かくないかの違いと言ってる子がいました(笑)
猟師を批判するつもり全然無いんですけどやっぱり暴れたりするんですね>_<
お若いのに狩猟されているのですね。嬉しい&頼もしい限りです。私、射撃経験は30年以上あるのですが、狩猟免許は持っておらず、今年、一念発起で第一種狩猟免許を取るべく只今勉強中です。目的は有害です。地元の猟友会の方からは「射撃経験が長いから、真面目に狩猟してくれれば、3年くらいで推薦してあげるよ。」と言われました。頑張んべ!外野から色々言われるかもしれませんが、気になさらず獲物を捕って下さい。応援します。
こんにちは!30年も射撃されているのですね、、、すごいです!
狩猟免許取得されるのですね〜!射撃を長いことされているのですぐあたるようになると思います!僕はあんまりあたりません!お互い安全第一でがんばりましょう!
肉を食べない人が言うなら納得ですけどね。
そう言う人はスーパーに並んでるものを見て残酷に感じるんでしょうね。
僕みたいな凡人は何も考えずに買って食べてますけど。
本当は、それでも食べるか、それなら食べないかを考えなくちゃいけない。
でも、明日からスーパーに肉が無くなったとして、食いたいやつは自分で獲ってこい!って言われたらどうするかなぁ。。肉食わねぇかも。