人の為に生きる事が人生を加速させるとか寝言言ってないで自分の為に生きようぜ

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フリーランス農家のきしころ(@kagoshimato)です。

皆さん日々のモチベーションって如何にして保ってますか?

  • 人のため
  • 自分のため

とか人それぞれだと思うのですが、僕は様々なエントリーをみていて思うのです。
 
人のためだから頑張れるって嘘だろ?と。
 
僕は100%自分の為に生きてます。正直他の人がどうなっても知りません。人はコントロールできないんですよ。そんな所まで気を遣って生きていられる程ヒマじゃないんです。「自分のために生きる」事こそが自分の人生を最大限加速させる唯一の術なのだと最近感じるのでここらでエントリーしておきます。
 

自分の人生の主語は「自分」

自分という物語の主人公は自分しかあり得ない。どんなRPGでも自分の為に強くなっていく。自分のなし得たい欲求を満たすためだ。その過程にお姫様を救うやらのイベントはあるが自分がお姫様を助けたいから助けるのであってお姫様の為に自分を強くしているわけじゃない。
 
これをやってあげたらあの人は喜ぶだろうとか、自分の人生の主人公を誰かに当てはめてはいけない。そうやって「誰かの為に」生きていると、これをやったらあの人は自分の事を蔑むだろう。とか、これをやったら自分の評価が上がるといういつの間にか人生の主語が「他人」になってしまう。自分の人生の主語は自分しかあり得ない。
 
人のために生きるというのは自己満足を人生の幸せにしてはいけない。人が喜んだりするのを自分の幸せに投影しているに過ぎない。主語は「自分」
 

人のために無償で出来る事なんてない

人のために無償で出来ることなんて無いと思ってます。僕はマザーテレサじゃないんで。心の隅で見返りを求めています。必ずしも金銭的なものではありませんが、恩を売っておくという表現が当てはまる。その証拠に相手にとって良いことをした事象はなかなか忘れることができない。
 
他人に見返りを期待するのではなく、期待は自分に寄せるものだ。
 

自分の為に生きた結果が人に為になる

21世紀の順序はこれだ。自分のために生きることが世の中のためになる。アインシュタインは人のために相対性理論を提唱しただろうか?エジソンは1万回も失敗し発明王となっただろうか?答えはどちらもNOだ。
 
共通するのは「自分の欲求」を最大限に追求したことだ。人のためになんて考える余裕もないぐらい自分の好奇心を追い求めた結果が現代においても誰かの役に立っているのだと僕は思う。
 
自分の好きなことだけやっていきつつも、そこに何かを合わせた結果人の為になることをすると良いだろう。
 

人のためは寝言ぐらいでいい


人のためっていう視点はもちろん大事なんですよ。でもそれを最初に考えてはいけないという話をしました。人のためは寝言ぐらいでちょうどいいんですよ。抜けては行けない視点なのです。
 
人生って生まれてきてるだけでラッキーなんですよ。すげー競争を生き抜いて生まれてきてる。その上僕は五体満足。それなのに何故人の為に生きなければならないの?
人生は「自分がどうなりたいか?」なのに人の為を行動指針にして優先して生きる理由は何一つ存在しない。
 

まとめ

人のためとか言ってないで自分の為に生きようぜ!
 
これが僕の言いたいこと。冒頭に言ったように僕は100%自分の為に生きている。人の顔色までみている余裕はない。僕は自分の欲求だけを満たすために行動する。
 
ただその中でも、時分の得意なことで人を喜ばしたり楽にするのは非常に大事な視点だ。これが「好きなことで生きる」ということ。
 
他人のために生きるという、自分の幸せを他人基準にするのは非常に危険だ。なぜならそこは自分でコントロールできないからだ。人のために生きるのが至高だという方もいるが、絶対に僕とは仲良くなれない。(したくも無いと思うが)

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