親の危篤に学んだ。後悔は遅いという話と生きる場所について。

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ども。

きしころ(@kagoshimato)です。

先日、親父がぶっ倒れて入院したんですよ。

その時すごく思ったことがあるので備忘録程度に書きなぐります。

親は大事だよ。

って話です。

親父、倒れる

弟から連絡がきた。

「親父が膵臓炎で入院することになったぞ。」

ほう、と考える間もなく俺が送ったLINEがこちら。

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まず俺は膵臓炎なんて病気も知らない。

だとしてもこれはまじでごめんなさい。

そこまで重大じゃないと思ってたんですよね。

昔から、親子の報告ってほとんどしない家庭で、

海外に行くときも、鹿児島から北海道まで歩くときも言わなかった。

親父は(きっと)俺を信頼してくれてるから、言わなくてもわかってるだろうみたいな。

だから、お見舞いに行った所で

別に来なくてもよかったのに

って冗談ぽく言われると思っていた。

だから帰る予定はなかった。

でも、友人に相談して目覚めた。

「いや、帰らないとダメでしょ」

って言われた。

ハッとした。

そしてお見舞いに行くことにした。

ICUへのお見舞い

親父が入院してるのはICU。

集中治療室だった。

ICUと言われても正直ピント来ない。

俺は血が非常に苦手だ。人間の。

自分の身体に葉っぱで少し傷がつくと迷走神経反射とかいうやつでぶっ倒れる。

猪は捌けるのに非常に弱い。

だから、ナースのドラマとか見たこともなかった。

ICUという場所が全く想像できなかった。

午後15時〜16時、19時〜20時の2時間しかお見舞いに行けないため。

15時に病院に行った。

お見舞いといえばフルーツ

お見舞いといえば、りんごとかフルーツだ。

と思ったが、祖父母が毎日行ってるのでいらないと思い手ぶらで行った。

しかし、ICUは

全ての手荷物持ち込み禁止だった。

手荷物を全て預け、念入りに消毒した後面会を許された。

いのちの現場

ICUはまさに、

いのちの現場。命の最先端だった。

親父のベッドに行くまでの間、

  • 産まれたばかりの赤ん坊が隔離されているボックス
  • 起きない人に声掛けながらマッサージする身内の人

他にもたくさん目に入ったが、正直覚えていない。

既に胸の高鳴り。というか動悸というのだろうか、

「ここに何故親父がいるのだろう」

というのだろうか。

色んな感情が交錯しておりあまり覚えていないまま親父のベッドにたどり着いた。

親父は、寝ていた。

チューブが8本程度繋がれ、寝ていた。

近くには脈拍などを測っている装置が置かれていた。

衝撃だった。

病院へのお見舞いといえば、結構ワイワイしながら退院の話とかする事しかなかったので、衝撃だった。

涙は出てこなかったが、身体は震えた。

プライドが高く、強がりな親父の弱った姿を人生で初めて目にした。

非常に苦しそうだった。

4日間飲めず食えずらしい。

足を動かすと死ぬらしいので重りが置かれ固定されていた。

少しして親父は起きた。

俺に言った言葉は、

来てくれて嬉しい

だった。

意外だった。

その後倒れた時の事や今すごく暇な事を話してる内に、

俺はめまいがひどく動けなくなった。お見舞いにきたのに。

迷走神経反射だろう。

15分程度休憩してICUを出た。

親父はまた、寝ていた。

今考えること

こうしてだらだらとブログを書いている今も、多くの人が病気と闘っているのだと思う。

病気だけじゃない。

世界には戦争で苦しむ人や、飢餓、天災。

様々な要因で苦しんでいる人が、

今、この瞬間。

に生きているのだと認識させられた。

なんとなく存在しているのだろうというものではない。

確実に彼らは存在し、苦しんでいるのだ。

親孝行とは何か

親孝行とはなんなのだろうか。

親を理由にすること無く、自分の人生を自分の好きなように生きるのが俺は親孝行だと思っていた。

昔親孝行について親父と話しをしたことがある。

「親より先に死ぬのはあかんよな」

この言葉しか覚えてないが、確かに親孝行の話をしたのだ。

誕生日や何かの記念に親父へプレゼントすることは気分で行っているが、親孝行とはなんなのだろうか。

親孝行とはなんだろう。

自分が健康であることか?

何かを共有することか?

感謝の気持ちを伝えることか?

今の俺にはよくわからない。

20年後後悔しない選択をしよう

メジャーリーガーのダルビッシュが言っていた。

「40歳で野球引退して無職になった自分を想像したんですよ。そこで20歳に戻れるなら、誰でも戻りたいですよね。僕は神様に20歳に戻してもらったと思って後悔しないように生きているんですよ。」と。

40歳になった俺は、24歳でお見舞いに行かなかった親父が倒れて死んでしまったと仮定して。

20歳に戻った時に同じ行動を取るか?

答えは「NO」だ。

必ずお見舞いに行き、感謝の気持ちを伝えるだろう。

もう後悔する選択をしてはダメだと強く思った。

今後、どうすればいいのか

愛知県から滋賀県に移住した。

しかし、もしもの際に緊急で駆けつけられる場所でないと嫌だとハッキリ思った。

どこでも行きていけるが、場所は大事。

これは移住先の環境もそうだが、実家との距離も大いに関係するなと思った。

別に海外住んでもいいなと思っていたが、その選択肢は完全に消えた。

親がまだ若いうちに、もっと自分の欲に従って生きるべきなのだろうか。

今後、何かをする時に親の顔が浮かぶ。

それは移住であり、旅行であり、全ての行動かもしれない。

頭の片隅に、親父がいる。

誰にでもいつか死ぬ瞬間はやってくる

それは突然で、今日かもしれない。

高校生の時、頭が痛いと言っていた友人が家に帰ってそのまま亡くなった事があった。

急性白血病だった。

誰にでもその可能性は常に存在している。

交通事故で死ぬ確率だって低くない。

自分が自殺に追い込まれる環境ではないという保証はない。

この世に生きる全ての人が、

今日、いきなり死ぬ可能性を持っている。

実感することは中々出来ないが、きっとそれはいきなりやってくる。

死んでからでは何もかもが遅い。

健気な実家の犬

親父の事を大好きな実家の犬が、毎日18時頃に帰ってくる親父を玄関で待っていた。

毎日この時間に玄関に行って親父を待つそうだ。

中々帰ってこないのでリビングに戻ってくるも、家の前を車が通る度に反応していた。

彼に残された時間も短いので、今後はたまに実家に顔を出そう。

家族は本当に大事だ。

家族は特別な存在だ。

以前親に会える時間を計算した時に青ざめたが、

それは自分が思うほど安い問題ではなかった。

家族を大切にする時間を、余計なお世話だがとって欲しいと思った。

 

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